20世紀ゲネラールプローベ

電影永年私財法を発布するべくゲネプロ中の備忘録。

『排気口WS・裏口入学制度』提出テキスト

【まえがき】

https://twitter.com/haikikou02/status/1225694486052757512?s=21

https://twitter.com/haikikou02/status/1225693241380524034?s=21

上記の報を受けて、ぼくが執筆し、提出したテキストが、以下になります。

 

 

 

裏口入学制度、それ自体へのアゲインストを試みる。

とは言え、たった今一行目に記してしまった宣言に関して、ぼくは完膚なきまでに何ら作戦を熟考していない。そのような気心がまるで燃えたぎっているが如く、羅列してしまった平仮名、カタカナ、そして漢字による文字列から成る一行目に対して、ぼく自身はまんべんなく無関心である。考えてもいない。思い耽ったこともない。しかしながら、排気口が催すワークショップの告知、またはそれに付帯する裏口入学制度を知るに至り、育ちの悪いいたずらっ子なワルガキである手前、これは嫌がらせも兼ねてラヴレターを誤送しなくちゃならんのではないかと、奇襲を仕掛けてきた強迫観念に身を委ねつつ、チェ・ゲバラの形見である原価6千92万円の万年筆を手に取り、筆を走らせた次第なのである。筆を走らせてみた途端、ぼくの超自我が自動筆記に近い形で書かせた文章が、該当する一行目なのである。


誠に困っている。なぜなら、そんなことは全く考えてもいないからだ。ではどうして、考えてもいないことを自らが書いてしまったのか。もしかすると、今から書く文章は、その真理に辿り着くまでの工程なのではなかろうか。わからない。誠にわからない。こんなことを書くつもりは微塵もないのだ。くそっ。何を書こうとしたんだっけ。そうだ。ぼくは排気口が好きだ。くそっ。ぼくは排気口が好きだ。くそったれ。ぼくは排気口が好きだ。くそっ。ぼくは排気口が好きだ。くそっくそっくそっくそくそくそくそっ。ぼくは排気口が好きだ。ぼくは排気口が好きだ。ぼくは排気口が好きだ。


まず第一に、ぼくは大好きな排気口に対して、許される限りの表現を以って愛を綴ろうと決意していた。排気口と称する集団が常備している、言葉や空気、そして何より、クールさが好きなのだ。クールといっても、ハイライト・メンソールのことではない。此処で述べている"クールさ"とは、かっこいいという意味と共に、冷たいという意味もある。しかし、冷たいとは、決して冷徹なのではなく、客観視点が備わっているというのがふさわしい。所謂、引いている、という見方のことである。限りなく登場人物に移入し切った作品を、恐らく排気口は生まないだろうし、登場人物に待ち受ける喜怒哀楽を、決してデウス・エクス・マキナが阻害せず、それが達成されるまで見届けるはずであると、ぼくは考えている。排気口には、介入というよりは傍観に近いかたちで、ありのままに運命を受け入れるあたたかみが感じられるのだ。これは極論として定義してしまうと、排気口は運命論者であるといえる。意見を声高らかに押しつけることはせずに、解決を与えることもせずに、ふっと立ち寄って、ふっと立ち去る。握られた手はやがて離されるために握られているわけだが、そこで握り続けることを決して強要せずに、離れていく手に対する感情こそを肯定する。つまり運命には介入しない。そういった美学がこの集団にあるということを、彼らの作品に触れればいとも容易く察知ができる。


ぼくは日本的な情緒というのがあまり得意ではなく、演劇や映画においても、おろおろと泣き喚かれたり、ぎゃあぎゃあと叫ばれたりすると、脊髄反射的に集中力と興味と知的好奇心を喪失する。ましてや、「愛は地球を救う!」とカーテンコール直前で出演者全員が第四の壁を目がけて絶叫したりすると、拍手を放棄して席を立つ。要するに、ジメジメとしたものも、メラメラとしたものも、果てしなく受け付けられない客として生きている。それらは、言ってしまえば「彼ら」さえ気持ちが良ければいいという愚行のあらわれだと感じている。泣いたり叫んだりすれば、さぞかし登場人物/役者はスッキリするだろうが、優れた例外を除いてみれば、そのほとんどで観客は置いてきぼりを命じられる。忍耐力のないぼくには、それが耐えられない。登場人物/役者が嬉しかったり、悲しかったり、怖かったり、苛立ったり、驚いたりするのは、果たして観客も同じタイミングでそれらに遭遇し、体験し、共感したいのだ。少なくとも、ぼくはそうだ。


排気口はそんなぼくを、あまりにもイージーに傍観させた。何ら他愛もなく、感情が揺さぶられ続けた末に、登場人物や彼らの言葉を忘れたくないと追想した。そして端的におもしろかった。観客として、観客が運命を見届けることの豊かさを、この集団は信頼してくれていると直感した。ぼくは傍観を許された。だからクールだと感じた。


若い人は叫びがちである。メッセージを語りたくなってしまう。しかし、その一人称視点こそが創作の罠だ。三人称視点で、適度に笑いを散らしながら、引いた距離感を保つこと。ぼくは、そういったことができてしまう才能にこそ初めて魅力される。排気口は、ぼくにとってそれだったのだ。


そんな排気口への愛を、アイなんて二文字で済ましてしまわないように、ぼくは筆を持ったんだ。

 


(沈黙)

 


アイ、という言葉には当然「I」という意味も含まれています。不思議な言葉です。愛、I。今、黙読した方は自動的にアイ・アイと読みましたわね。童謡でありましたね、猿の唄です、アイアイ。アイは二回繰り返すと猿になります。また、ローマ字でアイはAIと記しますけれど、これはエーアイと読ませると人工知能の略称になります。まあエーアイですから、これはアイとは異なるものだとしましょう。あとは、アイという発音はアルファベットのEYEに与えられています。これは目、ですね。アイという言葉には、愛と、わたしと、目があります。あなたが使用するアイは、果たしてどの意味ですか? あるいは、あなたが使用するアイには、それらとは異なった意味がありますか? そして、愛と、わたしと、目が存在しているものとは一体何でしょうか? アイについて、今こそ考えてはみませんか? それこそが、この裏口入学制度への最も果敢なアゲインストであることを、あなたは知っているはずです。あなたは必ず、その答えに辿り着けるはずです。適応はやめなさい。アジャストよりもアゲインストを選ぶのよ。抵抗によって、排気口を救うのよ。それは、あなた自身を救うことになるのだから。

 


(42分後)

 


ドクターペッパーがこぼれていた。350ミリ缶のドクターペッパーが、ぼくの頭に当たってこぼれてしまっていた。机上に流れる茶色の炭酸性天の川から、甘く知的な香りがする。ぼくは今、目が覚めた。目が覚めたのでこの文章を再び書くことができているわけだが、目が覚めたということは、ぼくは眠っていたことになる。不意に眠りに落ちてしまったということは、ドクターペッパーがこぼれること……には絶対的には繋がらないが、現に法則性を帯びて、ぼくの飲みかけのドクターペッパーはほぼ空になってしまった。慌てる様子もなく、エリエールのティッシュペーパーでそれを拭き取る。茶色に染まるティッシュペーパーを見つめて、ぼくは自問自答する。いったい、なぜ寝てしまったんだ? ぼくになにが起きたんだ? 濡れたティッシュペーパーを半径1メートルの位置にあるゴミ箱へ放り投げる。外れる。……いったいぼくはどうしてしまったんだ?


そもそも、ぼくは排気口へのラヴレターをこうして書き記していて、取りも直さずかなり上機嫌で、幸福で、さわやかな気持ちでいたというのに。眠気なんてゼロだ。昨晩は8時間寝た。朝起きてブラックコーヒーを一杯飲んだ。今は、午後1時だ。ドクターペッパーにだってカフェインは含まれている。眠くない。むしろ目が覚めていた。なのに。なのに。


ふいに、名探偵コナンという漫画を思い出した。いや、ぼくは漫画は読んだことがなくアニメーションでしか認知していないのだけれど、さておき、コナンが使用する道具の一つに、腕時計型麻酔銃というのがあった。これは、スイッチを押すと腕時計内に収められた麻酔針が発射され、命中した相手を瞬時に眠らせることができる恐ろしいテクノロジー兵器だ。無論、コナンがフィクションなのはぼくも理解している。理解してはいるものの……あの毛利小五郎が不憫で仕方がない。今なら同情ができる。ぼくは首筋の頸動脈に触れた。いつにも増して早く脈打つそれに、麻酔銃の痕跡は判断できなかったが、こういう事態では直感こそが重要だ。コナンもきっとそうだ。ぼくは直感した。麻酔銃で撃たれたのだと。いや、打たれた、が漢字表記としては正しいのかもしれない。しかし今のぼくにとっては、撃たれたという感覚こそが実感として濃厚でしかない。


ふと、机から斜め右後方にある窓を見つめた。中途半端な日差しと共に、メントールの風がカーテンを揺らしている。窓が開いている。


しまった、とつぶやいた。


いつもならば、ぼくは窓を開けて何かを書く癖があるわけでもなく、書き始める段階では窓は閉まっていた、と思いたいのだが、今回ばかりは、しまったと後悔した。確かに窓は開けていた。


ぼくは猫が好きだ。犬よりも、という比較対象を出すこと自体が野暮であり無礼であると猫に対してアイロニーを感じる程度に、猫が好きだ。そしてこのマンションの2階の自室に、時折、野良猫がやって来る。野良猫だと分かるのは、その猫が首輪をしておらず、痩せ細っており、背中の上をぴょんぴょんとノミが飛んでいるのを見たからだ。とは言え、そのみすぼらしさだけで野良だと判断することはいささか失礼なのかもしれないが、その猫は今くらいの時間に、ぼくの部屋にやって来るのだ。理由はわからない。しかし出逢いに理由なんていらない。ぼくは半年ほど前からやって来るその客に対して、まるでテレビドラマのような志しで、平たい皿にミルクを注いで、それを窓際から差し出していた。ぼくの自室にはベランダが無い。転落防止用の錆びた柵だけがある。なので直接、ぼくが皿を持って、柵にちょこんと腰を据える猫にミルクを与えていたのだ。ちょうど、今くらいの時間に……だから今くらいの時間に開ければ良かったのだ。今くらいの時間にやって来る猫が、姿を現したら窓開ければ良かったのだ。それなのに、ぼくは無意識のうちに、窓を開けてしまっていた。猫を待っていた。待ってしまっていた。猫にはぼくが敬愛するサミュエル・ベケットの戯曲から拝借して「ゴドー」と命名していた。ゴドーを待ちながらゴドーを待ちながら、腕時計型麻酔銃で撃たれた。どうにもならん。


ぼくは椅子から立ち上がり、窓際に立った。ゴドーの姿はない。いや、ぼくが眠っている間にゴドーは来ていたのかもしれない。ともすると、ぼくがゴドーを無視する形で、ミルクを差し出さなかったように思われて、もう二度とゴドーはこの部屋にやって来てくれないのかもしれない。人生の不条理を全身で実感する。ぼくは開いた窓に手を掛けた。すると、何やら外の路上で、少年と男が立ち話をしているのが目に入った。少年は少年と呼ぶよりはガキと呼ぶのがふさわしいガキの姿でしかなく、ランドセルを背負っているので恐らくは小学生なのだろう。対面している男性は、真っ黒いロングコートを羽織った真っ黒いスーツ姿で、その眼差しはサングラスで隠されている。さしづめメン・イン・ブラックのそれのようだった。ぼくは、たった今起きた理不尽な状況を浄化するために、彼らの会話に耳を傾けた。ぼくは地獄耳で有名で、聴力をあらわす単位を把握していないが、とにもかくにも耳が良いのだ。およそ10メートルも離れていない地点の会話を盗み聞きすることくらい、朝飯前なのである。ぼくは、彼らの会話に全神経を集中させることにした。

 


ガキ「ここに大きな岩と小さな砂粒があります。どちらも水の中に落とします。さて、それぞれどうなるでしょうか?」
男「どちらも、水に沈む」
ガキ「だ!だっ!だだ!大正解!」
男「大きな憎しみも小さな哀しみも、行き着く果ては同じなのさ」
ガキ「やべえー!アンタ何?神?」
男「おれは目薬の中身とアガサ・クリスティの小便を取り替える仕事をしている」
ガキ「すげえ!どうやって?!」
男「毎晩、3時72分に液晶テレビのモニターとマリークワントのコンパクト手鏡を合わせ鏡状態にすると、その中間地点にワームホールが出現する。その穴に向かって自慰行為をするんだ」
ガキ「ジーコーイってなに? あと72分って何分なの?」
男「禁則事項なので君には明かせられない。さて、自慰行為を促進させるために、液晶テレビではトレーシー・ローズのポルノを流しておくのが重要となる。トレーシーが騎乗位で腰をグラインドさせながら"キューブリックじゃない、正しい発音はカブリックよ"と絶頂を迎えたら、おれも射精する。3リットルくらいは射精する。すると、ワームホールが一瞬でおれがいる部屋全体を包み込み、おれも部屋もワームホールの中へと移動するんだ。ワームホールの中はケイティ・ペリーが飼っているトイプードルの肉球くらい臭い。おれが発射した精子にはハッカ油が含まれているのでなるべくは消臭されるが、それでも臭い。反射的に鼻をつまむと、それが多元宇宙におけるパラダイムシフトのスイッチとなって、元いた世界はミツカン味ぽんの中身とすり替わる。おれがトウモロコシのことを"とうころもし"と言ってしまっていた忌まわしき世界は、世界線ミツカン味ぽんの中身へと分岐させ、おれは無性に大阪の王将の餃子が食べたくなる」
ガキ「ぼくはヘリコプターのことを"へりぷこたー"って言っちゃって、ロフトプラスワンYouTubeにあるミッチーの動画を見まくるライブをやっていたマザー・テレサに爆笑されちゃったよ。あの日飲んだメローイエロー小津安二郎みたいな味がして酸っぱかったよ」
男「メローイエローってまだ売ってるのか?」
ガキ「いや、もう10年前の話。今じゃ養命酒しか売ってない世の中だもの、アルコール中毒になったマザー・テレサもハチ公像にまたがって凍死してしまったし」
男「アルコールは麻薬だな。ってキミ、まさか酒は飲んでないよな?」
ガキ「は? ギンギンに飲んでるよ」
男「おいおい、未成年の飲酒と『シックス・センス』のオチを話すのはホーリツで禁止されてるんだぞ。親の顔が見てみたいぜ」
ガキ「はー? ミセーネン? ぼく大学12浪してるから35だよ?」
男「年上だったか!こりゃ失敬」
ガキ「いいよ、アンタ知らないことをたくさん知ってるし。ってか65歳くらいだと思ってたし」
男「原宿のアインシュタインって呼ばれているからな。それでだ……えっと、どこまで話したっけ?」
ガキ「ゴジラアンギラスモスラをスワッピングしたくだりから、かな」
男「ああ、そうだった。そうそう、アンギラスはクンニリングスがべらぼうに上手くてな……」


木の上に立って見ていた母親「親という字は木の上に立って見ると書いて"親"と読みます、テレビの前の親!親をやれ!そして親になれ!と、青汁のコマーシャルで元恵比寿マスカッツのメンバーの誰だか知らない女が言っていたので実践してみたけれど、ウチの子、一体誰と話しているのかしら? わたしの目線は、いわゆる客観視点として機能するのだけれど、誰かが目薬の中身をアガサ・クリスティの小便と入れ替えた所為で、目が目ヤニで埋め尽くされてよく見えないわ。でもね、目ヤニが立ち塞がろうとも、我が子だけは見えるのよ。なぜならわたしは、親!だものね。にょっへへ。あらやだ、この目ヤニひと舐めしてみたら、浮気相手の入れ歯に残った食べカスとおんなじ味だわ!ほのかに永谷園の鮭茶漬けに似てる風味ね。この目ヤニにポリグリップをたっぷりかけたら、夢だった小料理店を開けるかな。ウーバーイーツに登録して全国展開してもらわなきゃ。未来は明るいわ。今夜の夕食は奮発してバスロマンにしてあげなきゃね。わたしってマジで徹頭徹尾に親だなー。で、この木からどうやって降りようかしら」

 


ぼくは窓を閉めた。窓を閉めるには事足りるだけの理由が目前で繰り広げられていたのだ。ぼくは窓を閉めた。窓は閉められた。これにて、麻酔銃の脅威からは逃れることができただろう。深くため息をついて、呼吸を整える。


再び机に向かう。筆を持つ。ぼくはあらゆる不条理に敗北していてはならない。なぜなら、排気口へのラヴレターを、一文字でも多く書き記さねばならないのだ。目標は2万字である。2万字とは、飛び越えられるかどうか、飛び越えてみないと分からない障害物競走のハードルの高さに等しい。飛ぶ前に見てはならない。見る前に飛ぶ、のだ。ぼくは再び、走り始めた。


「もしもし」


いけない。走り始めた途端に、これはいけない。ついに幻聴まで聞こえてくる。しかも若い女性の声だ。ぼくは今、とてもよろしくない精神状態なのだろうか。


「もしもーし」


尚も幻聴はやまない。ぼくは霊感がない。だからこれは幽霊の声ではない。背後から聞こえてくるようだが、間違いなくこの声は、ぼくの頭の中で鳴っているんだ。こんな経験は初めてだ。おそろしいこともあるものだ。こういう経験をしたことが無くとも、するべき措置は知っている。無視の撤退である。


「もーう。麻酔銃の効き目は2時間くらいと聞いていたのに、1時間ももたないなんて。青山ゴーショーを訴えないといけませんね」


え?


ぼくは頭の中の幻聴に向かって、振り返った。

 

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ぼくの目の前には、まるで浜辺美波その人のような、しかし彼女のシミュラクラだとは認識できる、とにかく浜辺美波そっくりの浜辺美波が立っていた。彼女はほとんど無表情で、とは言え時折口角は上がり、また時折眉間にしわを寄せる、なんとなしに情緒不安定といった様子で、明らかに気が立っているようでもあった。彼女が幻影でないことは、彼女から漂うヘアーコロンの香りが立証していた。ヘアーコロンの種類はわからない。わからないけれど、ぼくが今まで出逢った女性の中で、こんなにもやさしい香りは初めてだった。


ぼくは驚愕を隠して、平静を装った。


彼女は一歩だけ、ゆっくりとぼくの方へと近付いた。


「はじめまして。では、ありませんよ」
いや、そのお、恐らくはじめましてだと思うのだけれど……
「自己紹介の前に、今すぐ、その文章を書くのをやめてはいただけませんか?」
え、どうして?
「あなたが排気口のワークショップに行くことを、わたしは阻止したいからです」
はい? 一体なんだいきみは突然に。
「もう……もう、うんざりなんですよ。排気口とか」
排気口への恨みでもあるのかい、きみは?
「恨みも何も……まあ、しいて言えば、わたしがオフェンシブな態度を取るのは、ハイキコーよりもまずあなたに対してです」
はあ? なんでぼくに?
「あなたは、芸術は生み出す活動なのではない、芸術は壊すことについての活動なんだと、そう仰っていましたよね」
仰ったかもしれない。ぼくは『ファイト・クラブ』のタイラー・ダーデンの信者だからな。
「しかし、あなたが今やっていることは、何ら破壊も招かないわ。なぜなら適応だから。排気口に適応することに安堵しているから。あなたは排気口のような優れた芸術を目の当たりにして、そこで純粋無垢にあぐらをかいています。でもね、それは本当にあなたがやるべきことなんですか? あなたはその優れた排気口を、自分の表現を通して対抗したり、壊したり、爆弾テロを起こすくらいの気概でいないとならないんじゃないですか?」
おいおい、乱暴な論旨展開はよろしくないよ。
「そもそも、なにが裏口入学制度よ。映画作家であるあなたが、なぜ裏口で入学する必要があるのよ? そんなことに時間を費やしている場合なのかしら」
ワークショップに興味を持つことをそこまで罵倒しなくてもいいだろう。
「いいえ、これは由々しき事態です。少なくとも、あなたとわたしにとっては。だいたい、2万字のラヴレターとかなんとか言ってますけれど、あなたには他に書くべきことがあるのよ。それに、2万字の字数制限に対して、なにを利口ぶって正確に遵守しようとしているんですか? 2万字への抵抗をしなさいよ、男なら闘いなさいよ」
あ! もしかしてあの一行目を書かせたのは、きみの超能力か何かか!
「共鳴と呼んでいただきたいです。あなたの潜在意識下にある真の想いは、排気口へのアゲインストなのですから。そうに決まってる。だって映画と演劇は違うんですから。そう言い続けてきたじゃない」
いや、映画と演劇は、お互いに手を取り合うことで、何か新しい創作を可能にできるはずだ。
「その手が離れると分かっていても?」
……離さない。
「ふーん。口ではなんとでも言えますよ。せいぜい口八丁でいらしてください。わたしは絶対に2万字も書かせない。あなたは、2万字の字数制限に対して、如何にして2万字を書かずに2万字の字数制限をクリアしてみせるか、そういったことを考えるべきです。例えば、以前にあなたがブログに書いた排気口に関するテキストのリンクをここに貼り付けてしまいます」


映画では「死んでいて」演劇では「生きている」こと【排気口『怖くなるまで待っていて』雑感】(7616字)
http://campanella-exodus.hatenadiary.com/entry/2020/01/28/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%8C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%8D%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B 


菊地穂波氏との邂逅に関する(超訳としての)備忘録(16061字)
http://campanella-exodus.hatenadiary.com/entry/2020/01/31/%E8%8F%8A%E5%9C%B0%E7%A9%82%E6%B3%A2%E6%B0%8F%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%82%82%E9%80%85%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%EF%BC%88%E8%B6%85%E8%A8%B3%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%EF%BC%89 
 
「ハイ、これにて23677字を達成です。ハイ、おめでとう2万字クリア。ハイ、おしまい」
おい! やめろ!
「これが映画から演劇へのアゲインストなんですよ。手を差し伸べたり、向こうさんの言いなりになることなんて、全くもってないのだから」
いい加減にしてくれ。きみが排気口の何を知っていると言うんだ。ぼくが排気口のことを好き好むのは、ぼくの勝手だろう。
「あなたが排気口を称賛し、その状況に安堵しているのは極めて不健全だからです」
素晴らしいものを素晴らしいと讃め称えて言葉にすることの、一体なにが不健全だと言うんだ。
「その通り、良いものを認めることに関しては、わたしもあなたと同意見です。ただ、あなたにとっての問題は、それを言葉として表現していることに帰結し切っていることです。あなたは、言葉によって支配されてしまってはならないはずなのよ」
排気口は秀逸な言葉を持っている。言葉によって与えられた多幸感を、言葉によって意思表示することの何が支配的だというのかね。
「……まずもって排気口は言葉の集団ではないということを失念してはいけないわ。いいですか、排気口は演劇をやっているのよ。演劇には言葉ではなく肉体があり、むしろ肉体の躍動感そのものが言葉と同じ役割を果たしていると言っても過言ではありません。あなたが着目している台詞や物語といったものの結晶体として台本があるのではなく、台本とはあくまでも肉体たちの指針となる地図です。地図を正確に読み取り、大海原を無事に航海した肉体たちこそが"言葉"なのよ。だから単に言葉の集団だと信じることは、今後の排気口、引いてはあらゆる演劇を見誤る可能性を帯びています。そして何より、これが最も大事なことですけれど、あなたは映画のファンダメンタリストとして、言葉を持たない者を徹底するべきです。言葉によって表現することに満足感を得た矢先には、あなたは映画に何も昇華できなくなる。言葉を覚えてしまったからね。映像ではなく言葉を武器だと勘違いしたらオワリなのよ。だってそうでしょ? 言葉にできないから映画でやるのでしょ? それがあなたの初期衝動だったはずでしょう? それに、演劇にせよ映画にせよ、大前提としてその美しさを言語化することへの"醜さ"を決して忘れてはならないわ。その醜さを熟知しながらも、言語化せずにはいられないという気持ち、それもまた大切です。けれども、あなたはね、排気口への言語化を容易く遂行し過ぎなのよ。そこには醜さを忘れたあなたの充足感が見えてくるの。わたしはそれが嫌なの。あなたが映画ではなく、言葉ではないものではなく、言葉によって排気口と関係を持つことに歓びを見出しているのがたまらなく嫌なのよ。だから裏口入学制度も気付いてほしくはなかった。あなたは絶対に、2万字以上の何かを書き始めてしまうと知っていたから。違うのよ。そうじゃないのよ。あなたが2万字の言葉を排気口のために並べる必要はないのよ。義務はないのよ。あなたには2万字以上、いやそれ以上の文字数に値する気持ちを、自らの映画に落とし込んでほしかったのよ。それが……わたしの願いなのよ」
……きみは、もしかして。
「あなたが半年前に書き始めて、排気口の公演を観たきり放置している、あなたの新作脚本の擬人化です」
こ、これはたまげた。
「きみのことを傑作にしてみせるね、そう言ったあなたは、わたしを捨てて、排気口との情事に夢中になりました」
浮気みたいな言い方はやめておくれよ。
「……これ、涙ではありませんから。花粉症なだけですから」
……悪かった。すまない。
「どうしてワークショップに参加しようとあなたは考えたんですか? わたしのことは少しも考えてはくれずに、なぜ排気口のワークショップを優先したんですか? ねえ」
……ぼくが排気口のワークショップに興味を抱いたのは、まず第一に排気口そのものが本当に好きであるということはある。
「あなたの好きって言葉、人を傷つける」
よしてくれよ!だって本心なんだ。排気口と同じように、きみのことも好きだよ。
「ぼくは排気口が好きだって、さっきあんなにも唱えていたじゃない。わたしにはあんなに言ってくれなかった」
愛は回数じゃない、愛を伝えられる人との出逢いそのもので愛は完結しているんだよ。頼むよ。
「で、なんなんですか」
うん、だからその……まず排気口が好きという気持ちはあったけれど、それよりも……何より……きみのために行こうと思ったんだ。
「え?……わたしのために?」
そう。実はきみのために、ぼくは役者を探す必要があったんだ。もちろん、キャスティングは慎重に行いたいし、オーディションも精査していきたいと考えていた。そんなタイミングで、彼らのワークショップを目にした。そこでぼくは、排気口の呼びかけに応えて集まってくる、まだ見ぬ彼らに対して興味を抱くようになったんだ。つまり、大好きな劇団のオーディションに参加する人々に対して、無条件で惹かれてしまった。まだ会ってもいないのに。だから彼らに会ってみたいと思うようになった。排気口から優れた役者を横取りするとか自分のものにするとか、オーディションの手間を省くとか、そんなことは一切考えてない。そうではなくて、ただ、この目で彼らの姿を見たくてね。どうしても。自分でも何故なのかは分からないけれど。でも、絶対に会ってみたいんだよ。なぜか、彼らに。彼らにね。
「……そうだったのね」
……うん。
「……」
……
「……それがアイよ」
え?
「その気持ちが、アイですよ」
アイって……アイってことかい?
「ええ。愛があり、わたしがあり、目がある。あなたは愛してしまった劇団のワークショップに、"わたし"自身が出向いて、その呼びかけに反応した役者たちをその目で見たいと思った。それはアイです」
……そうかあ、アイ、か。よくわからないけど、なんだかきみに言ってもらえて、よかった気がするよ。
「わたしは、すべてを赦したかったの。本当は。でも、やっぱり映画を作ってほしかったのよ。あなたに。じゃないと、ほらわたし、生まれることができないじゃない」
今、こうしてぼくの目の前にいるきみは、確かに生きてぼくと話をしているじゃないか。
「……そういうことじゃないでしょ。これ以上は言わさないでよ。言わなくても、あなた分かるはずでしょ」
……ああ。わかってる。
「排気口へのラヴレター、あんまり長すぎてもダメですよ。現代人は長文が読めないって病にSNS普及以降悩まされているんですから。それに、文字数じゃない、数じゃないんでしょ、アイは」
そうだな。ラヴレター、これからも書いていいのかい。
「まあね、あなたがアイを証明したいのであれば、その気がすむまで溢れさせるべきだわ。蓋をする必要はありませんもの。ただ、映画も忘れないでね。それだけは約束よ」
もちろん。忘れたことなんて一瞬もないんだ、本当は。
「あなたっていつも一言多いわ。それは言い訳ですよ。書きたきゃ書いてください」
すまん。映画のことを忘れずに、愛してしまったものたちとは付き合い続けるよ。しかし、きみって、ただの嫉妬っぽい子なんだね。
「ちょっと!だからその一言が余計なんですよ!失礼な。わたしが嫉妬してしまう理由を……ちゃんとわかってね」
うん。わかるよ。ありがとう。
「いい映画にしてね」
うん。いい映画にする
「約束ね」
約束する。きみのために。
「それじゃあ、またね」
うん。またね。

 


にゃあ〜ん。


窓際から鳴き声がした。


窓の外で、柵にちょこんと座ったゴドーがいた。相変わらずみすぼらしいゴドーは、小さくあくびをしていた。


浜辺美波……いや、彼女の姿はもうなかった。はじめからなかったのかもしれない。でも、もう、なかった。


ぼくは椅子から立ち上がり、皿にミルクを注いで、それから窓を開けた。ゴドーの目の前に、ミルクを差し出した。ゴドーは静かに、ミルクを器用に舐めていた。ぴちゃぴちゃとミルクが音を立てる。その飛沫が、ぼくの手首にもほんの少し飛び散った。少しも嫌じゃなかった。今のぼくにとって、ゴドーにこうしてミルクを与えて、ミルクを舐めるゴドーがいて、手首にミルクが掛かるぼくはがいることが、少しも嫌じゃなかった。風が気持ちいい。風がどうしようもなく気持ちいい。ゴドーがこのミルクを飲み終える前に、ぼくは考えることにした。これからの、書くべきことについて。ゴドーはいつもよりも、ゆっくりとミルクを舐めていた。ぼくの部屋の空気が、風によってかき回される。ヘアーコロンのやさしい香りに、ゴドーがひるんで、大きなくしゃみをした。

 

 


12494字+(7616字+16061字=23677字)
=36171字
を、排気口ワークショップ裏口入学制度へのささやかなアゲインストとして提出致します。