20世紀ゲネラールプローベ

電影永年私財法を発布するべくゲネプロ中の備忘録。

2019年映画ワーストテン

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1位 『屍人荘の殺人』(2019/木村ひさし)

堂々のワーストワン。単に映画としての酷さを極めていたからこの順位なのではない。映画としての酷さを極めつつ、最低映画でしか味わえない絶対的な高揚感と多幸感を兼ね備えて、僕らを犯しながら、僕らを射精へと導いた、完全にオリジナルな危うさを孕んだ愛すべき失敗作だから、この順位なのである。僕の感情が「大嫌い、大嫌い、大嫌い……大好きッ!Ah……」と、所謂サマーナイトタウン状態に陥った作品は、本作を除いて2019年は存在していない。監督である木村ひさしと、脚本家である蒔田光治の両者が、テレビドラマ時代からの手癖をこれでもかとスクリーンの上に撒き散らかしており、事態は深刻極まりない。徹頭徹尾に駄作の模範解答を完遂してみせる本作における唯一であり最上の救いは、ヒロイン、浜辺美波の存在である。この浜辺美波は素晴らしい。スットコドッコイ名探偵としてのキャラ立ちの異様な完成度。もはや日本のコメディエンヌの最高峰たる芝居を毎度のこと披露してくれる彼女、明らかに、あの愛すべき『センセイ君主』から更なるアップデートを成し遂げている。果てしなく映画に愛されて祝福されている女優が、アクロバティックに、ダイナミックに名演する姿は、その景色だけで幸福感に満ち溢れている。本当に浜辺美波だけは素晴らしい。しかし、この最高の彼女が拝見できるのは『屍人荘の殺人』なのである……。端的に言って、なんたることだろうか……。今宵も我々は、あの浜辺美波さんを目撃するためだけに、地獄のような事故現場へと足を運ばせるのだった。

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2位 『Dinner ダイナー』(2019/蜷川実花)

演劇として撮られた映画、ではなく、映画として撮られた演劇。『Diner』は全く「映画」ではない。本編にあるのは演劇的な演出と、演劇的な「舞台芝居」のみ、である。横尾忠則の装飾も「美術」ではなくて「舞台装置」として機能させてしまっている。平山夢明の原作のファンとしてはR指定でない時点で肩を落としてしまうし(だからこそ『無垢の祈り』は本当に素晴らしかった)、「演出家」ではなく「カメラマン」としてのみの才能と責任しか常備していない蜷川実花の「映画」を劇場で観てしまうことには、自縛的な窒息感すらある。本作は徹頭徹尾「演劇」として魅力的であり、「映画」としては破滅している。いや、自滅というニュアンスの方が近い。しかしながら、「映画」と「演劇」は決定的に異なる表現である、という凡例として、こんなに興味深い作品は他に無かった。ゆえにワーストの称号は紛れもなくふさわしい。加えて、原作のオオバカナコとはあまりにもかけ離れたイメージを備えてしまっているにも関わらず、メイド服を身に纏い、絶対領域を惜しみなく露出しながら、震える子鹿のように果てしなく真っ直ぐな眼差しで蜷川実花の演劇的暴力と対峙する、玉城ティナにとって現状におけるベストアクトであり最高傑作であるとも豪語する。

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3位 『貞子』(2019/中田秀夫)

恐怖の象徴ではなく、コンテンツとして明確に消費物と化した貞子を、成仏させまいと暴力的にスクリーンへと引きずり戻して、何度目かの、いつもの、あの長い髪を前かがみにだらんとおろしたポージングを決めてもらうという破廉恥な欲求に対して、我々観客も「よっ、待ってました!」と劇場で叫びたくなってしまい、もはや歌舞伎に近い。とは言え、早く引退させてあげてほしい。世代交代の時期はとうに過ぎているというのに。歌舞伎役者としての貞子と対峙するのは池田エライザ嬢であるが、嬢も歌舞伎メイクを施したことにより凄まじい眼力を獲得されていると思っていたけれど、単に目がめちゃくちゃデカいだけだった。目だけではない。何よりも、おっぱいである。そう、とにもかくにも、おっぱいなのである。こんなにも、ヒロインのおっぱいがスクリーンを支配した映画は、つぶさに考えて、今年は本作以外には存在しない。池田エライザさんの爆乳が、いつセーターの生地自体を引きちぎるんじゃないかと、ホラー映画を観ていてあまり感じない不安と期待を抱いた。おっぱいによってぱつんぱつんに張って苦しそうな、でも多幸感に満ちてニヤニヤしている彼女の衣装自体に嫉妬した。恐怖におののき、カメラを凝視する彼女の、どうしてもバストに、不可抗力として視線が誘導されてしまう。走る彼女の、そのランニングのポージングの、どこを観ているのか、言うまでもない。『貞子』は開始早々より、恐怖ではなく、おっぱいという名の恐怖を目の当たりにする時間旅行としてシステム化される。だからハッキリ言って、貞子についてのあーだこーだは一切記憶に残っていない。いつの世も男の子の脳裏に焼きつくのは、ちっとも怖くなくなってしまった幽霊よりも、おっぱいなのである(ポリティカル・コレクトネスとして、この乱文はコンプライアンスに欠けていると自責の念がありますが、一言。オマエの乳のことじゃねえから黙ってろ!!エライザ様の乳のみを、俺は崇拝する!!ファックオフだ!!)。

 

で、ワーストに関しては上記の堂々たる、映えある、愛すべき3本以外は乱雑な言葉を添える価値も無い愚作であり、無差別テロ級の非道さを備えた怒りと憎しみと殺意しか抱かなかった惨状なので、以下、順位のみを表明しておきます。あくまでも、これらはひとりの映画ファンのアソビであり、年間振り返り行事であり、極私的な感想によるものであって、決して作品を好む方を否定したり攻撃したりするものではございません。映画料金が1900円ではなくて300円とかだったら、全然こんなに怒らないんですがね。ファックオフ。

 

  1. 屍人荘の殺人
  2. Dinner ダイナー
  3. 貞子
  4. ウトヤ島、7月22日
  5. ダンボ
  6. 二ノ国
  7. 愛なき森で叫べ
  8. 21世紀の女の子
  9. ドラゴンクエスト ユア・ストーリー
  10. メン・イン・ブラック:インターナショナル

【特別枠】新聞記者

 

特別枠に関しては、日本映画ベストテンでも記した通り「映画のフリをした物体」でしかなく、記憶から抹消したい&もう既に記憶から抹消済みの、心を込めて全身全霊で嫌悪できるゴミだと断言できるので、真のワースト、ってかトイレで流す価値もない真のクソとして、この枠を捧げます。このクソによる、醜く不快で下品で頭が悪く、しかもその頭の悪さを堂々と誇示しうる破廉恥さ加減と時代錯誤ぶりにコロリと人が騙されてしまうのも、日本が徹底して平和な証拠だろう。「政治的な」装いがある本クソに関しては、だからこそ、その構造と現象自体が、我が国におけるどん詰まりな状況を明確に表していると言える。

と、クソのことを思い出して書いているだけでえづいてきた。いけないいけない、ダークサイドに堕ちるのはよろしくないことですね。面白くても、つまらなくても、たかが映画なのでどうでもいい。映画が豊かであってくれれば、もうそれでいい。来年も豊かな映画たちとたくさん出会えますように。それでは皆さんごきげんよう

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R.I.P. Anna Karina (1940~2019)